令和の子育て世代が悲鳴を上げる

令和の子育て世代が悲鳴を上げる"疲弊"の正体

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熊猫

https://president.jp/articles/-/114412?page=1 ■「大黒柱モデル」は現実的なのか  その男性たちに向かって、社会がいまさら「やっぱり昔のように、あなたたちが大黒柱になってください」と言ったところで、「はいわかりました」と素直に応じるとは限らない。この30年弱、男性はしばしば古い性役割の担い手として批判され、同時に稼得責任だけは暗黙裡に期待されてきた。男らしさは疑われ、父権は否定され、しかし高収入であること、頼れること、家族を守れることだけは都合よく求められる。そのような扱いを受けてきた男性が、再び自己犠牲の物語に戻るかどうかは未知数である。 男性にとって大黒柱になるとは、労働市場で勝ち続けることを人生の前提にされるということである。弱音を吐けず、収入を落とせず、家族の将来を背負い、なお家庭でも「よき夫」「よき父」であることを求められる。そこに十分な尊敬と安心が伴わなければ、男性がその役割に戻る動機は生まれない。したがって、今後「共働きモデルの見直し」の議論が起こったとして、女性を説得するよりも、男性を納得させるほうが政治的に難しくなる可能性がある。  女性に対しては「働きすぎなくてもよい」「家庭に時間を戻してもよい」という言葉が、少なくとも一部には救いとして届くだろう。しかし男性に対して「もう一度、大黒柱になってほしい」と言うためには、単なる郷愁や伝統論では足りない。男性の誇り、責任、報酬、社会的承認をどう再設計するのかという、はるかに重い課題が残る。
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