「“デートは絶対に割り勘”男」急増中!? 女性に奢らない5つの理由

「“デートは絶対に割り勘”男」急増中!? 女性に奢らない5つの理由

9723コメント

いいね! LINEで送る ブックマーク メールで送る

このトピックをブックマーク

3625

匿名さん

決して喜ばしくはない「予言」だ
 中止なのか、延期という名目で時間を稼いでからの中止なのか、それとも――いずれにせよ、コロナ禍のもと日々暗雲が色濃くなる東京オリンピック開催。そんな昨今、大友克洋の名作漫画『AKIRA(アキラ)』(82年に連載開始)の作中にあった、予言めいた記述と、目の前の現実との「奇妙な符号」に注目が集まっている。

 といっても、例のあの立て看板の話ではない。同作中に登場した看板、東京オリンピックについて「中止だ中止」と落書きされたアレを京都大学の学生らが立て看板で再現して提示し、話題となった件のことを僕は言っているわけではない。原作漫画版の『AKIRA』には、予言的な箇所がいくつもあったからだ(88年のアニメ映画版にも同様のシーンはあったのだが、本来的なストーリー解釈という観点から、以下、この稿では特記なき場合はすべて漫画版について述べる)。

 オリンピックよりも、もっと大きな「予言」が、同作のなかにはある。「東京が壊滅してしまう」という予言だ。

復興記念ではなく「復興する前」に引き戻される
 目の前の現実の2020年の東京が、どのように壊滅してしまうのか? それは僕にはわからない。ただひとつ、間違いなく言えることは「オリンピックが復興の起爆剤」には、まったく「ならない」ということだ。なるはずが、一切ない。

 そもそもが、なんの「復興」なのか? 東日本震災の被災地の復興に一切役立たないことは、いまさら僕が言うまでもない。だからといって、約30年間まったくGDPを拡大できず、資本主義世界の異端児として足踏みを続ける――だから諸外国と比較すれば、相対的に貧困化し、沈没し続けるだけの――斜陽の国である日本全体の「経済的復興」にも、つながるわけがない。それどころか「そんなバクチを打とうとするから」オリンピックもろとも、東京そのものが「ふっ飛んでしまう」……。

 と、これは僕が言っている嫌みではない。『AKIRA』の予言というのが、まさにこうしたものなのだ。以下、ストーリーに沿って説明していこう。


 作中の「東京オリンピックがあるはずだった年」も2020年。しかし、開催に至る直前にネオ東京はふたたび壊されてしまう。壊滅的な、大崩壊だ。文字どおり、市街地の大部分がビルも人もふっ飛んで、「復興前の」灰燼へと帰してしまう。

 つまり「オリンピックどころの話じゃない」大災厄が、都市と人々に襲いかかるのだが……現実世界の、いま現在の東京で「オリンピックが中止になろうとしている」のだったら、大崩壊だって「起こる可能性がある」んじゃないか?――というのが「AKIRAの予言」のおおよその概略だ。

 もっとも、ここの「大崩壊」とは、作中にて描写された物理的な都市破壊のみを指すわけではない。メタファー(暗喩)として、とらえることも可能だ。

 たとえば、コロナ禍の延長線上における危機は、いままさに現在進行形だ。これが経済的崩壊に結びつく可能性は高い。つまり大不況、地価暴落、東京から人がいなくなる……といった形での「都市機能の崩壊」ならば、無理なく想像できることだ。いや、いますぐにでも起こりそうだ。

ネオ東京は「新型爆弾」によって壊滅する
 では、『AKIRA』における重要な事象のいくつかをメタファーとして見立て、「オリンピックつながり」で現実世界と対比しながら観察していこう。

 まず同作において、我々が知っている東京は1982年に「新型爆弾」によって破滅する。なにもかもが「ふっ飛んで」大きな穴ぼこになってしまう。そこから勃発した第三次世界大戦が終結後に復興した「ネオ東京」――ビル群が密生する未来的な都市――において「復興の象徴」としての東京オリンピックが開催されようとしている。まさにその「開催直前」の2019年から『AKIRA』のストーリーは始まる。

 しかし前述のとおり、オリンピックどころか、ネオ東京そのものが崩壊してしまう。その理由は「新型爆弾」――と公式には報道されていた、おそるべき「力」――が、意図せずしてふたたび解放されてしまうからだ。

 このすさまじい「大破壊」シーンは、単行本オリジナル版の第3巻に収録されている。神に愛された天才としか言いようがない、大友克洋の至高の描写力によって、大胆に、また同時に微に入り細に入り、絶妙のリズムでもって「ぶち壊されていく」ネオ東京の最後の光景は、一度見たら生涯忘れ得なくて当然の凄絶なインパクトだ。
-1
0